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シンプル(^ν^)ベスト

シンプル ニコ ベスト主宰@おんこのブログ

【不謹慎】3.11に考えるいのちのこと

どんな内容:3.11から5年です。私が3.11があり、いのちについて考えたことを書きたいと思います。あくまで、個人の意見です。不謹慎な内容だ、と読んでご気分がなることもあると思います。すみません。

正しいとか、間違っているとかではなくて、一人間の倫理観と思って読んでいただきたいです。

読んでもらいたい人:どんな方にでも、読んでいただきたいと思います。

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 目次

◆3.11が起こった時、実際に思ったこと

◆他人のために、自分の命を投げ出せるか?

◆命の優先順位について

◆子どものために、命を投げ出さない親は非道なのか?

 ◆3.11が起こった時、実際に思ったこと

 3.11から5年です。

5年前、私は看護学生として、実習の真っ最中でした。

毎日のように徹夜して実習に臨む中、3.11が起こりました。

 

それでも、福岡にいた私の生活はなにも変わりませんでした。

電気もガスも水にも困らず、電池がお店からなくなることなく、

いつも通り実習の日々を過ごしていました。

 

テレビから流れるの映像が、

イラクの紛争を見ているのと変わらない

遠い世界の出来事のようでした。

 

同じ日本にいても、距離が離れていると、

こんなにも違うものか…というショックとも

なんとも言えない感情が私の中にありました。

 

なにかの映画を見ているようなそんな感じ。

ノンフィクションなんだけど、フィクション映画です。

 

とっても失礼なのですが、

自分事ではなく、他人事でした。

私は自分に害が及ばないと、自分事として感じられないみたいです。

 

◆他人のために、自分の命を投げ出せるか?

毎年3.11を迎える時に

私は"遠藤未希さん"のことを思い出します。

 

みなさん覚えていますか?

宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に

避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった

町職員遠藤未希さん(当時24歳)

 

3.11の時「高台に避難してください」と放送されていた方です。

津波の犠牲者の一人です。

もし、私が遠藤未希さんの立場だったら同じことが出来ただろうか?

といつも考えさせられます。

 

一人でも多くの人を救おうとする中で、命を落としてしまった。

 

私だったら、他の人を救うより「生きたい」と

思ってしまうのではないか?と思います。

 

私は、ものすごく冷たい人間なのでしょうか?非道でしょうか?

でもその考えは、ものすごく間違っているとは思えません。

美談とはなりませんが。

 

今回だけの話ではありませんが、

日本人は、自分を犠牲にして他人を救うことは美しい

と、私はとらえているように感じます。

 

自己犠牲は美しいのでしょうか?

 

一つの出来事をどの角度から見るかによって、

人にもたらす印象が変わってくると思います。

 

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少し看護師としての目線で話をしたいと思います。

 

もし医療現場で、災害がおこったら…

私が勤めていた病院では災害訓練がなかったので、

実際災害が起こった時にどう動くか、イメージがつきません。

 

マニュアルを確認しながら、

マニュアル通りに動いていくのだと思います。

 

ある研修に行った時に「手術室で地震がおこった時」を想定して、

災害訓練をしているものを見たことがあります。

 

術式や地震の規模にもよりますが、

開頭、開腹、開胸手術を行っている時に

とてつもなく大きな地震がおこった場合は、

最悪の選択として、私たち医療従事者は

患者さんを置いて逃げる、という選択をします。

 

最低限の処置(開いている頭・腹・胸を簡単に閉じ)をし

地震が落ち着いたあとで、

手術室に戻ってこれた時にまだ患者さんが生きている

という、ほんのわずかな可能性にかけます。

 

患者さんの命を守ることも大切ですが、

自分の命は自分で守る

がマニュアルの原則としてあります。

 

マニュアルには、

自分の命を犠牲にして、患者さんを助けましょう。

ということは書いてありません。

 

このことからも、

本当に自己犠牲は正しい選択なのか?と考えさせられます。

 

◆命の優先順位について

災害が起こった時、

人の命には優先順位がつけられます。

 

命は平等と言われていますが、緊急事態の時には

優先順位がつけられる、

ということを知っておいてほしいと思います。

 

その時に優先されることは、

命の数です。

一人でも多くの人を助けることが、

医療従事者の役目となります。

 

患者さんの地位・名誉は一切関係なくなります。

 

大企業役員でも、お金持ちでも、

一人で動けない・人工呼吸器がないと生きていけないなど重症の場合

病院から外へ助け出す時、優先順位は下がります。

 

病院外では生きていくことが困難と考えるからです。

 

少し極端ですが、病院にお金が払えないような方でも、

自分で歩ける場合、先に誘導していきます。

 

とにかく、災害時優先されることは、命の数です。

それ以外のことは、一切関係なくなります。

そのことを知っていてほしいと思います。

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高校時代、看護大学の入試面接の練習問題で

いのちについてふれる質問を

先生から出されたことがあります。

 

みなさんも少し考えて見て下さい。

 

Q『あたなは機関車の運転手です。

機関車のブレーキが壊れてしまいました。

その先、道が2手に分かれています。

右に行けば、線路に10人の人がいます。

左に行けば、線路に1人の人がいます。

このまま行けば、機関車は右に行きます。

あなたは、左に進路をかえますか?

そのまま右に行きますか?』

という質問です。

 

この質問に正解はありません。

 

私の個人的な考えをここに述べたいと思います。

〈高校生時代〉

回答:そのまま右に行く(10人を犠牲にする)

理由:左に進路をかえるという判断は

「一人の命を犠牲してもいい」という判断になる。

1人の命も10人の命も同じくらい大切であるため、

自分の意志で一人を犠牲にすることは出来ない。

そのまま右に行くと、犠牲者がでるが、

ブレーキの事故によるものである。

 

〈現在〉

回答:左に進路をかえる(一人を犠牲にする)

理由:事故が発生した場合、一番に考えないといけないことは、

人の命の数だからである。

 

究極の選択ですが、あなたはどちらを選びますか?

 

◆子どものために、命を投げ出さない親は非道なのか?

(親が)自分を犠牲にして他人(子ども)を救うことは美しい

とすると、

子どものために命を投げ出さない親は汚い

ということなのでしょうか?

子どものために、命を投げ出さない親は非道なのでしょうか?

 

私には子どもがいないので、親になった気持ちはわかりません。

でも、もし親になったことを想像しても、

「100%子どものために命を張れる」

とは言い切れない気がします。

 

だって私は、自分の命が大切だと思うから。

 

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母親との会話を使って

わかりやすく伝えたいと思います。

私「おかーさーん。私のこと命って思う?」

母「は?どういうこと?」

私「いや時々、シングルマザーのお母さんとか、

年の離れた末っ子のお母さんって、

『自分の子ども命』みたいな所あるじゃん。

ちょっとこわいな、って思うことがあって(友人例)

だから、どう思うのかな?って思って聞いてみた」

 

母「うーん。(娘であるあなたのことは)大切ではあるけど、

命ではないね。」

私はこの言葉がすごくうれしかったです。

母とは親子関係でありますが、

それ以前に人間対人間なんです。

 

ちゃんと一人の人間として、

母が私と向き合っている気がして

とても嬉しいとかんじました。

 

私の命は母のものではないし、

もし私が死ぬ、となった場合も、

母は身代わりになりたい(と思うかもしれないですが)

私はちゃんと自分の命(母の人生)を生きてほしいと思います。

母の命を犠牲にしてまで生きたい、とは思わないからです。

 

家族ってとてもいい言葉ですが、

私は血のつながりはあまり関係ないと思います。

 

血が繋がっていたって、子どもを虐待する親もいるし、

血が繋がっていなくたって、

普通の家庭以上によい関係を築いている家庭もあります。

 

私は家族は一番身近な他人だと思っています。

 

私は自分の血を分けた子どもであっても、

まず親子の前に、

一人の人間として関わりたいと思います。

 

世間から見ると非道と思われるかもしれませんが、

私は自分の人生を生きたいと思います。


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まとめ方が全くわからず、とても困っています。

 

いつか私の倫理観を人に伝えてみたいと思ったので

ブログに書きました。

もし気分が悪くなった方がいましたら、本当にすみません。

でも、この記事は現時点での私の倫理観や価値観です。

明日には変わってしまうかもしれませんが、

記録としてこちらに残させてください。

 

最後までお読みいただいた方、

本当にありがとうございます。

 

もし、読者のみなさまのコメントがいただけるなら、

お願いしたいと思います。

 

共感の声お待ちしております。嬉しいです。

アンチの方の声、とっても大歓迎です。

共感もアンチも私の中では、とっても貴重な価値のある意見です。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

余談…

なかなか文がまとまらず、

投稿が3.12となってしまいました。

 

最後に…

5年前の3.11、東日本大震災において、

たくさんの方々が被害にあわれましたことに、

心よりご冥福とお見舞いを申し上げます。

 

震災で亡くなった方の魂が安らかでありますように。

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最後までお読みいただき
ありがとうございます。