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シンプル ニコ ベスト主宰@おんこのブログ

㉔18歳/高校3年生vol.5@ゆとり世代の頭の中

ゆとり世代の頭の中

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<当時の出来事の要約>
受験に失敗し、人生最大の挫折を経験する

<エピソード>
センター試験を受け、翌日学校にて自己採点をしました。
あまりにも自分の点数が低く、自己採点中から涙が止まらず、
後にも先にもこんなに泣いた日はないほど泣きました。
私立大学は経済的に通うことができなかったため、
地元の国立の教育学部を目指していました。
小学校教諭で理科の先生になりたかったものの、担任の先生の言われるがままに、
文理選択で文系選択をしたため、志願所を出す時に、
理科の科目がひとつ足りないことに気づき、
生物と理科総合Aという科目を独学で勉強し受験しました。
志望大学はセンター試験重視の大学だったため、センター試験の点数がとても重要でした。

自己採点の終わった後、学校の掃除時間も、お世話になった先生へのあいさつの時も、
帰り道自転車をこぎながらでも、塾に行く途中でも、
塾についてから駐車場でも、塾の先生に会っても、
自宅に帰ってからもとめどなく涙が流れました。
自宅で泣きすぎて過呼吸になって、それでもどうしようもできず、
床の上で泣き疲れて寝てしまったような気がします。
本当に一生分の涙を使ったぐらい涙がとまりませんでした。

絶対に先生になれる、と信じて疑わなかったので、
先生になれない未来を描くことが、どうしても出来ませんでした。

それから一週間無気力的に過ごしていたのですが、
たまたま受けた看護専門学校の一次試験に受かっていたため、
看護専門学校の2次試験を受けることを決意し、無事合格しました。
専門学校進学ということで、受験に終止符をうちました。

 

<思ったこと・考えたこと>
人生の半分となる9年間思い続けた夢が叶わないと知りました。
今以上に浪人は経済的にも、精神的にも親に負担がかかると思っていました。
高校生でありながら、塾に行かせてもらったのに、
センター試験で全てすべてパーにしてしまった、ということが、
とてもショックでした。
予備校に行くことも少し考えたのですが、
授業は一年間塾で受けてきたものと変わらないし、
浪人するなら受験校のランクをあげなくてはいけないけれど、
そのレベルまで自分ができるか自信がありませんでした。

センター試験の雰囲気になれるために受けた看護専門学校に受かったので、
神様が看護師になって、何かを学びなさい、
といっている気がしました。

夢も希望もなく、一回死んだも同然だから
新しい人生と思って生きていこう、と
割り切って考えることにしました。

 

<解説>
人生のターニングポイントです。
受験の失敗。
今となっては人生のはやい内に、挫折していてよかったと思います。

なんで浪人しなかったの?と聞かれますが、
正直一年浪人してレベルの高い大学に受かる自信がありませんでした。
心の底からの夢であったのですが、
最後まで自分の力を信じてあげることが出来ませんでした。

そして9年間という長かった夢に終止符をうちました。

看護師になって、ぼんやりと看護学校の先生になれたらいいな。
という思いはありました。

文理選択を間違っていろいろ大変だったのですが、
独学で勉強した、理科総合Aの点数が一番よかった気がします。
自分の理科に対する気持ちがうかがえます(笑)

今となっては笑い話ですが、
英語のリスニングは50点満点で、一ケタだったような気がします。
4択なので、最低12点はほしかったです。
そのくらいセンター試験で大コケをしたということです。

あまりにも点数が低くて、受験校のランクを落としても、
教育大学の2次試験さえ受けることができませんでした。

不合格の通知をもらう前に自分から逃げました。
看護師という道に逃げました。
天職だと思っていた先生になれないという
事実をつきつけられた、人生最大の出来事でした。

 

◆余談

でも受験に失敗したからこそ、今の私があります。

受験失敗に対する後悔はみじんもありません。

密かな野望は…

自分の出身高校で「受験は、失敗しよう!」

という題目で受験生の前で話すことです。

(受験生のママさんがいたらすみません。涙)

受験に失敗しても人生は失敗じゃないよ、

ということが伝えたいだけです。

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