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シンプル(^ν^)ベスト

シンプル ニコ ベスト主宰@おんこのブログ

㉞23歳/社会人2年目vol.2@ゆとり世代の頭の中

ゆとり世代の頭の中

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<当時の出来事を一言で要約>
自分の将来の方向性を考える

<当時のエピソードを思いつくままに語ります>

今から手術に向かいます、という状態の患者さん(鼻からチューブが入った状態)から
「いつも遅くまで残っているけれど、
ちゃんと時間外手当はもらっているの?
ただでさえ若くて給料が安いのだから、
ちゃんともらわないといけないよ」と声をかけられたことがありました。
その場では笑って対応したが、家で号泣した思い出があります。

認定看護師の先輩から、
これからずっと先の話になるが、
いずれは看護師が余る時代がやってくる。
だから自分の専門性を見つけて、強みをつくる必要があるよ。
という話を聞き自分の方向性を考えました。
また専門学生の時に、インドネシア出身の方が
日本で看護師免許を所得し働いているという話を思い出す。

私が仕事で失敗をした時、上司がその出来事の状況だけを見て、
「(私が上手くできなかったことが)残念だった」と言われる。
(失敗の原因は私の情報収集不足です)

 

<思ったこと・考えたこと>
どんな時でも見てくれている人はちゃんと見てくれている
ということを実感することが出来ました。
たとえそれが先輩や上司ではなく、患者さんであってもです。
人に見てもらうために仕事をしているわけではないのですが、
わかってくれる人がいるということは、
とても大きな心の支えとなりました。

仕事で失敗した時に、なぜ私が失敗したのか、
背景を少しだけでも見てほしかったと思いました。
(甘い考えであることは承知です。
でも当時の私は自分から伝える技量を持っていませんでした)
上司は、他の先輩とは違う言葉の重み・価値があることに
気づいてほしかったとすごく感じました。
自分がもし先輩になった時は上司を反面教師として、
なぜ失敗する状況になったのか、背景も含め声をかけたいと思うようになりました。

自分に価値をつけようと考える。
日々の看護から自分のやりたいと思えることを考える。
インドネシアから来る看護師は、その国のトップレベルの看護師です。
ただ日本語という壁があるため、国家試験に合格できない。
人間の身体や病態生理の知識では、単純に私は勝てない。と感じました。
唯一勝てることは私は日本に住んでいて、
日本に長く住んでいて日本語が解るということだけです。

その人たちがもっと勉強して、
日本語をマスターしてしまえば、看護師としての私の立ち位置はなくなってしまう。
自分の強みをみつけないと、無能な看護師として、
いつかクビになってしまう未来が来るかもしれない。
今の時代の流れでは、少子高齢化により看護師は職に困らない。
と言われているけれど、本当そうだろうか?
なにか自分の強みとなるものを持っていないと、
看護師という名前だけでは仕事ができなくなる日が来てしまうかもしれない。
そのように考えるようになりました。

退院支援を行う中で、
日常生活に支障があるまま、自宅に帰る患者さんがいることを
日々の仕事の中で痛感しました。

退院後、不自由な生活を余儀なくされるため、
入院した早い段階で、障害が残る可能性が考えられる場合は、
住宅改修なども視野にいれて関わりたい。
今の病院では、診療報酬の改定で早期退院が当たり前となってきていました。
不安を抱えた患者さんが少なくなるように自分のできることをしたい。
障害が残っても安心して過ごせるような環境づくりを目指したい。
と考え始め、少し自分目指す方向が見えてきました。

今後がん患者さんの傾向としては、
大腸がんが増えます。
ストーマを造設したオストメイトの方達が
暮らしやすい家づくりを考えたいと思いました。
自分には住まい・環境に関心があることを確認し、
福祉住環境コーディネーター資格を所得したいと考え、
退院支援が強いと言われる病院で働きたいと考えました。

<解説>
日々の仕事の中で何が一番興味があるのか
を考えた時に自然と出てきたことが、退院支援でした。
「自分に価値をつける」
自分に価値がないと思い、どうやったら価値のある人間になれるか…
なにかを得るために、必死にもがいていたころです。(懐かしいな~vol.2)

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最後までお読みいただき
ありがとうございます
(^v^)ニコッ